ものをつくるということ

どうしてものをつくりたいのだろう?
その答えを探すために、僕自身の生い立ちを振り返ることで道筋を辿ってみようと思います。

僕は宮崎県延岡市にて、一般的なサラリーマンの両親のもとに産まれました。
父方の祖父母は西郷村という山間部で暮らしており、日本昔ばなしに出てくるような(とてもじゃないけれど現代文明とは程遠い)暮らしを営んでいました。
母方の祖父母は農家で、父方の祖父母の暮らしとまではいかないけれど、裕福な暮らしではありませんでした。

母方の祖父は田舎の広い敷地の一角に、祖父専用の作業場としての小屋をもっており、農作業の空き時間があれば、裏山で採ってきた竹や木材で、何でも作っていました。僕が祖父と一緒にいる時、祖父のものつくりはいつも僕のためのおもちゃを作ってくれました。
お手製の竹馬や駒など、多岐にわたるものつくりで、子ども心にワクワクが止まりませんでした。

一方、父方の祖父は歴史好きな人で、今この瞬間を生きることしか理解できない幼い僕に、ものごとにはすべてルーツがあることを教えてくれ、両親は自由で柔軟であれと、僕が好きなことを好きなだけさせてくれました。そして本を読みなさいと。本であれば好きに買ってくれたのでした。

そんな環境下で育ち、将来はアトリエを構えて自由にものづくりをする人になるんだ、という茫漠とした夢を抱くのは自然な流れだったと思います。そしてこの幼少期の環境が、僕のものつくりの根源になっているのだと考えています。

ものつくりを通して、誰かにワクワク/キラキラしてほしい。つくるもののルーツを確かなるものにするための日々の研鑚を怠らず、誰にも捕まえられないけれど吹かれて心地よい風のように自由で柔軟な人間として、この社会に立ち、僕と縁のある人びとにワクワク/キラキラを手渡したい。

だから、僕はものつくりをしたいのでしょう。

atelier +iのものつくりの姿勢や根源はここにあり、それを見失わない限り、このatelierは存在するべきなんだと思っています。