キラキラとは

先日、長年の願い叶い、山下達郎のLIVEに行きました。あまりにも素晴らしすぎて、心が震え、感動し、キラキラした素敵な体験でした。

素敵なモノやコトまたは体験をすることを「心の琴線に触れる」と表現しますが、僕はそれ「キラキラ」とオノマトペにして表現しています。毎日をただ懸命に生きているうちに、いつのまにか麻痺してしまう感性や、精神的な部分についてしまっているブヨブヨの贅肉が、キラキラに触れることで削ぎ落とされて、心をあるべき繊細な姿に戻してくれる感覚があります。

「ただ生きている」それだけで素晴らしいことなのに、毎日をうまいこと超えていくと、いつの間にか精神的に傲慢さや横柄さ、尊大な感覚を無意識にもってしまうのでしょう。それがいつの間にか精神的な贅肉となって、醜い感性となってしまうのではないでしょうか。

おそらく10代くらいまでの僕らは、まだその精神的な贅肉など無く、繊細で傷つきやすく、それ故に独自の敏感な感性で生きていたのではないか。たしかに社会人としてやっていくには、繊細すぎて邪魔な感性かもしれません。しかし、ものつくりを生業とする僕らにとっては、その敏感な感性こそが生命線だったりします。

敏感な裸の精神で、この社会に対峙すること。これは想像するより遥かに困難なことです。でもそれをするからこそ僕らに価値があるとしたら、そう努めるべきなのです。

だから僕と富川は、率先して「素敵なモノやコトや体験」を求め、行動するよう努めています。

この文章を読まれたあなたの人生も素敵でありますように。僕らと関わるすべての人が素敵な経験を重ねていけますように。そう願ってやまない僕らです。